に沈む太陽と出会う

狂気に近いなら は何処へ続くの?

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私は神様の存在を信じてない(人が作り出した偶像という意味で)。
イスラム教も仏教もキリスト教も、どんな宗教でも。
生きていくための理由付けを、何かの行動規範を、神様に求める気にはなれない。

分かってるよ。
君が私に、君の神様を押しつける気がないことは。
だけど、さぼりがちでも8年もキリスト教を勉強した私は、つい些細な言葉尻に君の神様を感じてしまう。
それが時折、わずらわしい。

もちろんあるよ、私にも。
時々、世界に包まれていると、感じる瞬間。
…それが気のせいかも知れなくても。

芝生の上に寝ころべば、どこかに溶けて無くなりそうな気がした。
地面に沈んでいくんじゃないかと、そして、空に吸い込まれていくんじゃないかと。
その微妙な均衡だけで、私がそこへ存在できてるだけのような。

日本の短いブルーモーメントには、いつも足を止めそうになる。
夕日が沈んだその瞬間から、夜になりきるまでの、ほんのちょっと。
晴れた日は、悲しくなるくらい海に近くて。
曇った日の、ふいな旅にでたくなるようなシャドウブルー。
その色がやがて夜にのまれていく。
一緒にのみこまれて暑くも寒くもないどこかで眠れたなら、と。

君が言う神様は、私が生活の一部で時折感じる、そんな些細な気持ちと似てるのかも知れない。
でも私には分からないの。
どうして自分以外の何者かの判断に、人生を賭けることが出来るのか?
神様を選ぶという、たった一度の判断で、その後のほとんどを決めてしまっていいの?

分かってる、君に悪気がないこと。
同じ時間を過ごしてきた友人の一人。
だからこそ、息苦しい。
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